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東京地方裁判所 昭和53年(ヨ)2305号 決定 1978年7月21日

申請人 飛田洋子

被申請人 日本アジア航空株式会社

主文

一  申請人の申請を却下する。

二  申請費用は申請人の負担とする。

理由

第一当事者双方の求めた裁判

一  申請人

被申請人は本案判決確定に至るまで昭和五三年八月一日以降一年六か月間にわたる申請人の休職を仮に承認せよ。

二  被申請人

主文同旨

第二争いのない事実と当事者双方の主張の要旨

一  次の事実は当事者間に争いがない。

1  被申請会社は、日本航空株式会社(以下「日本航空」という。)の一〇〇パーセント出資にかかる、国際定期航空輸送(路線は東京・大阪―台北―マニラ・ホンコン間)を業とする株式会社であり、従業員(総数約三四〇名)はいずれも日本航空からの出向者である。申請人は、昭和四八年一月六日日本航空に客室乗務員として入社し、昭和五一年一二月に日本航空から被申請会社に出向し、現在アシスタントパーサーとして勤務している。

2  申請人は、昭和五一年五月一八日付文書により海外留学のための休職(以下「留学休職」という。)の承認方を申し出たが、被申請会社は、同年六月六日付総務部長名の文書により、申請人の申請にかかる休職を承認しない旨回答した。その理由は「留学休職が認められる要件として選考学科が会社業務と密接な関連を持つことが必要である。この場合、語学研修を主目的とする休職はあまりにも広範すぎるため五二年度より原則として認めないこととしている。よつて不承認とせざるを得ない。」というにある。

3  昭和五〇年八月被申請会社が設立されるに伴い、日本航空からの移籍社員の勤務条件等につき、日本航空と申請人の加入する日本航空客室乗務員組合との間に同年八月一二日付で「日本アジア航空株式会社への職員の移籍に関する協定」が締結され、同月一四日付で右協定に付属する「覚書」、「確認書」等が取り交されたため、これにより移籍後三年間は賃金、福利、厚生、その他の待遇、勤務条件等については日本航空の規定、協定によることになつている。

4  右協定等により、申請人に適用される日本航空の就業規則は、四五条において休職の要件を別紙一記載のとおり定め、さらに同条六号の事由による休職(いわゆる自己都合による休職)のうち留学休職の承認基準について、「就業規則解釈運用基準」(以下「運用基準」という。)の四五条において別紙二記載のとおり定めている。なお就業規則上休職中は賃金は支払われず、自己都合による休職期間は勤続年数に算入されない。

二  申請人は、「留学休職を含めたいわゆる自己都合による休職は労働者が自己の生活設計に従つて一定期間会社業務を離れることのできる権利である。就業規則および運用基準は右権利行使の要件を具体化したものであり、従前の運用慣行と合わせ、申請人、被申請会社間の労働契約の内容となつている。被申請会社は、昭和五二年度から従来の就業規則の解釈を一方的に変更して留学休職を原則として認めない方針をたてたが、留学休職が労働者の権利として労働契約の内容になつており、承認基準は就業規則と一体となつているものであるから、被申請会社の一方的な意思によつて不利益に改変さるべきではない。また、留学休職に被申請会社の承認を要するとはいえ、会社の裁量権は就業規則、運用基準および契約の趣旨等によつて覊束されているというべきである。さらに語学研修のための留学が申請人の職務内容に照し運用基準四五条四項一号にいう「会社業務と密接な関連をもつ」ことは明白であり、申請人の休職により被申請会社の業務に直ちに支障を与える事情はない。留学休職が申請人にとつて一個の権利であり、申請人の場合留学休職の承認基準を構成する要件はすべて充していると考えられるから、被申請会社は申請人の申請を承認すべき義務があるというべきである。」と主張して休職申請を仮に承認することを求めた。

被申請人は、「休職の本質は、就業規則四五条からも明らかなとおり、労働契約上労働者が先履行義務として負担する労務提供義務の免除にあり、休職を認めるか否かは被申請会社の裁量に属するものというべきである。被申請会社は、日本航空における留学休職制度運用の実情、被申請会社の運営実態、定配員状況等を考慮して申請人の休職申請を不承認としたもので、充分理由があり、本件不承認は合理的裁量の範囲内にあるというべきである。」と主張し、申請却下を求めた。

第三当裁判所の判断

一  就業規則四五条によれば、同条に定める休職事由が発生した場合、被申請会社が従業員に対し休職処分を命じ得ることは明白である。そして同条六号にいう従業員の自己都合による休職申請については、同号が休職事由として「やむを得ない事情」と包括的に表現していることから明らかなごとく、その性質上種々の事由があり得るから、被申請会社が従業員の自己都合を理由とする休職申請につき承認すべき義務を負つているものとはいえず、休職申請を承認すべきか否かの裁量は被申請会社に許されているものと解される。ところで、従業員の自己都合による休職事由の一つである留学休職については特に運用基準四五条中に承認基準が列挙されているが、これはあくまでも承認のための一応の方針を定めたものにすぎず、これをもつて留学休職につき承認基準に合致した場合被申請会社は必ず承認すべき義務を負うものとは解されない。

二  疎明によれば次の事実を一応認めることができる。

1  申請人は職務上必要とされる英語能力を集中的に高めるため語学研修を目的とする英国留学を決意し、昭和五二年四月ごろ、ユナイテツド・トランスワールド・スクール日本事務所に留学斡旋を依頼し、同月一九日付で英国ブライトン市所在のグレツグスクール秘書コース(同年九月一七日開講)の入学許可および右グレツグスクール入学のための予備教育としてユナイテツド・トランスワールド・スクールが行なう語学研修(三か月間)の許可を取得し、授業料および必要経費七〇万円を予納した。そして申請人は同年五月一八日に入学許可書を添えて期間一年半の休職申請書を提出したが、被申請会社において留学休職の申請があつたのは申請人がはじめてのケースであつた。

2  日本航空においては、従来語学研修のための留学休職につき語学の習熟が業務に関連密着するとの考えから、運用基準四五条四項一号ないし六号にすべて該当し、かつ、会社業務に支障がない場合には比較的ゆるやかにこれを認める取扱いをしてきたが(ただし、語学研修を目的とする留学希望者のうち所属長の承認が得られなかつたため留学休職申請までに至らなかつた事例も相当数存在する。)、昭和四八年末以降のいわゆる石油危機による経済不況のため、昭和五〇年以降人員が大巾に削減され、定配員の見直しにより、厳しい定員管理による人事運用を図つて行かなければならない状況になつたうえ、留学休職を他社で認めている例は殆ど皆無であること、過去の事例を検討しても、復職後短期間で退職するなど業務に成果が反映されていないことなどを考慮して運用基準四五条四項一号の「専攻学科が会社業務と密接な関連をもつこと」の要件を厳格に解釈することとし昭和五二年四月以降語学研修を目的とする留学は原則として認めないとの方針を決定した。そして日本航空においては昭和五一年一〇月以降留学休職が承認された例は存しない。

3  被申請会社の人員はすべて日本航空からの出向社員によつて占められ、被申請会社独自の採用を行なつていない。ところで、日本航空からの出向社員は比較的短期間(客室乗務員については原則として男性は二年以内、女性は一年以内)で日本航空に復職することになるが、日本航空からの移籍希望者が必ずしも多くないこともあつて被申請会社では復職者の交替要員を確保するのが精一杯という厳しい定配員状況にあるため語学研修のための留学休職申請については、前記事情のほか被申請会社は一定水準の語学力を有するものを従業員として採用し、かつ、従業員の英語能力は入社後の教育により高められていること、被申請会社の旅客の殆どが日本人であることなどをも考慮して、日本航空と同一の運用基準に従うことにし、昭和五二年四月以降語学研修のために留学については、会社業務と密接な関連をもつものとは認めず、原則として不承認とすることにした。被申請会社における留学休職の申請は申請人が初めてであり、現在まで被申請会社において留学休職が認められた事例は存しない。

三  前記認定事実二2によれば、日本航空においては、昭和五二年四月以前においても、留学休職申請については、会社が業務上の都合をも考慮し、その裁量により承認の要否を決していたことが認められ、運用基準四五条四項一号ないし六号の要件該当者には必ず休職を承認する旨の運用慣行が存したとは認め難い。被申請会社においては、前記二3において認定したとおり、本件申請があるまで留学休職申請はなく、実際に留学休職に関し就業規則を解釈運用することはなかつたが、昭和五二年四月ごろより会社の定配員の逼迫状況、業務内容、日本航空において語学研修のための留学休職が所期の効果をあげていないこと等を総合考慮し、日本航空にならい就業規則の運用につき、語学研修のための留学は会社業務と密接な関連をもたず、その休職申請は原則として承認しないとの方針をとつたものであり、一般的に自己都合による休職が会社の定配員状況等その業務運営に相当の影響を与えることを考慮すれば、右の方針は決して不合理なものということはできない(なお、昭和五二年四月以前においては、被申請会社においても日本航空と同様語学研修のための留学が業務に密接に関連すると解される余地があつたことが窺われるが、本件申請以前には全く先例がないうえ、前記方針は語学研修のための留学休職に関する就業規則の運用に関するものであり、決して不合理なものとはいえないから、これを従来の運用の変更とみうるとしても従業員の既得の利益を奪う違法かつ不当なものとはいえない。)。従つて、被申請会社が、初めての事例であつた申請人の留学休職申請を右方針に従い不承認としたことは、前記二1認定の申請人側の事情を考慮してもなお、その裁量の範囲内に属するものといわざるを得ず、他に本件申請において被申請会社が承認義務を負うと認むべき特段の事情も見出し難い。

四  以上述べたところによれば、本件申請は、被保全権利についての疎明がなく、保証をもつてこれに代えるのも相当でないから、失当として却下することとし、申請費用の負担については、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 吉本徹也)

(別紙一)

就業規則

第四五条 次の各号の一に該当するときは、期間を定めて休職を命じることがある。

(1) 業務外の同一傷病により、三年以内に通算一カ年以上就労しないとき。

(2) 傷病以外の理由で連続一カ月以上欠勤したとき。

(3) 会社承認を受けて他の職業につくとき。

(4) 刑事事件に関して起訴されたとき。

(5) 国会議員、地方公共団体の長および地方議会議員等の公職につくとき。

(6) やむを得ない事情により本人が休職を申し出たとき。

(7) 前各号に準ずる特別の事情があるとき。

(別紙二)

就業規則解釈運用基準

第四五条 休職

1ないし3(略)

4 海外留学のための休職

本条第六号による海外留学のための休職基準は次の方針による。

(1) 専攻学科が会社業務と密接な関連をもつ留学であること。

(2) 生活費捻出に忙殺され、充分勉学の実を挙げ得なかつた例があるので、滞在費、学費等の充分な保証があること。

(3) 留学先の入学許可証(専攻学科を明記したもの)等の必要書類を提出できること。

(4) 復職時に、卒業、修業証書等留学中、充分に専攻学科を修業したことを証する書類を提示すること。

(5) 勤続優待塔乗資格点数の範囲内で搭乗(往復)が可能であること。

(6) 休職期間は二カ年以内とする。

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